HIROKI MASUDA
PROFILE 増田 浩樹
大学では画像認識技術を用いた個人識別技術の研究を行い、2000年にソニー株式会社へ入社。20年の在籍期間中に、ProjectLead / Architect /
Senior.Software Engineerとして様々なプロジェクトに携わる。同社を退職後は、1年のリセット期間を経て株式会社ノンピへVPoE候補として参画。1年間業務委託契約で稼働した後に、2022年4月正式にVPoEとして入社。
INTERVIEW
「このままではVPoEを任せられない」と言われたとき、
あらゆる手を尽くして「真のVPoE」になれるよう伴走してくれた
40代半ばにして、世界に名だたる日本のグローバル企業を辞め、
スタートアップ企業「ノンピ」のVPoE※に——。
前職では開発した製品が高く評価され、その製品を世界で戦えるものにするためにシリコンバレーに赴任した実績がある増田さんは、なぜ、安定した環境から飛び出し、スタートアップ企業で新たな挑戦をすることに決めたのでしょうか。また、大企業からスタートアップ企業という真逆の文化の中で、どうやってスタートアップのスピード感を身につけ、リーダーとして認められる存在になっていったのでしょうか。その過程をお聞きしました。
※Vice President of Engineeringの略。ソフトウェア開発や技術部門の組織マネジメント責任者
PROFILE 内田 裕希
株式会社Value market代表。
“成長機会が流通する経済圏を創り、人間の進化に貢献する”をビジョンに掲げ、2018年12月よりフリーランスエンジニア専門の成長支援サービス
「Code Climber」、2020年10月よりCTO/VPoEキャリアを開発する伴走支援サービス「CTOut」を運営。
#00
誰もがうらやむ大企業を辞め
スタートアップ企業に転じた理由
増田さんの前職は、誰もが憧れるグローバル企業です。そこで順風満帆なキャリアを築いていたのに、なぜ、スタートアップ企業で働くことを選んだのでしょうか?
増田さん : 前職でシリコンバレーに赴任したことが1つのきっかけでした。
私がリーダーとして立ち上げたプロダクトが社内で評価され、その製品をより競争力があるものにしていこう、ということになったんです。当時の上司が、「シリコンバレーの発想を取り入れて、プロダクトの非連続的な進化を目指そう」と考えたことから、シリコンバレーに拠点をつくることになり、その立ち上げで米国に行くことが決まりました。
前職の会社では、このような形で技術者をシリコンバレーに送り込んだことがなく、全てが前例がない中でのスタートでした。オフィスは机と椅子があるだけ。家の賃貸契約から何から全部、自力でやりました。
シリコンバレーに来たからには、ここで起きていることや文化、トレンドを会社に還元しようと思って、とにかく情報をキャッチアップしようと動いていました。面白そうなコミュニティには片っ端から顔を出し、現地のスタートアップ企業を訪問しては話を聞いて、最終的にはトータルで数百人規模の知り合いができました。このようにして現地のスタートアップ企業の方々とコミュニケーションしているうちに、だんだんと日本企業のやり方に疑問を持つようになってきたんです。
一例を挙げると、ビジネスを進める際のスピードが全然違います。例えば日本でお金になりそうなビジネスの話があったとしても、まずは担当者が話を聞きに行って、それを社内に持ち帰って議論し、次に上司を連れて行って、また持ち帰って議論して……というように、とにかく決定までに時間がかかります。これがシリコンバレーだと、CEOやCTOが自らフットワーク軽く話を聞きに行って、コラボレーションができそうだと思ったら、その場で即決してしまいます。もたもたしていたら他のところとどんどん話が決まってしまうので、動きが遅くなりがちな日本企業は、取り残される一方なんです。
シリコンバレーではとにかく、全てが本質的でスピーディーでした。会議の目的もはっきりしていて、アジェンダがぼやけた会議を設定しようものなら、誰も来てくれません。競合に勝つためには一瞬一瞬が勝負で、少しでも気を抜いたらよそに持っていかれてしまう——。そんな緊張感の中で仕事をしているうちに、次第に「自分はこのままでいいのか」と思うようになってきたんです。前職の会社は、大企業としては動きが速い方だったと思いますが、それでもシリコンバレーのスピードとは、比べものにならないんです。
前職の会社に入る時、起業したいという思いがありつつも、大企業だからこその環境でスキルを磨いたり、規模の大きなプロジェクトで新しいことに挑戦したりできると思って入社を決めたのですが、20年もたつと、しらずしらずのうちに、変化を起こすことを諦めたり、本質的ではないことに我慢したりするようになっていたんです。
シリコンバレーに来て、いろいろなことに妥協していた自分に気が付き、本当にやりたかったことを思い出したことから、スタートアップ企業で勝負したいと思うようになりました。
今回、起業ではなくスタートアップのVPoEとしての道を選んだわけですが、その理由は?
増田さん : シリコンバレーにいる時にお世話になった前職の先輩が、スタートアップを支援するベンチャーキャピタルの日本オフィスで代表を務めているのですが、その方から「日本のスタートアップにはCTOが足りない」という話を聞いたんです。
日本では、起業するときにCTOがいないケースも多く、それだとテクノロジー面での実現性が担保された形で会社が立ち上がらなくて、その後もスケールしない例が少なくないというんです。
実際のところ、グローバルの仕事を経験したCTOが不足しているという話を聞きましたし、これはチャンスかもしれないと思って、これまでのキャリアを生かせそうなCTO、VPoEを目指そうと考えました。
ちょうどその時期にベンチャーキャピタルの先輩から、スタートアップ企業のCTO/VPoEになりたい人を支援するサービス「CTOut(シーティーアウト)」※を提供している株式会社Value marketの内田さんを紹介されたんです。
※CTOutは、エンジニアと企業が業務委託の期間中に互いのフィット感を確かめてから転職を決める育成型の採用支援サービス
前職を辞めてからスタートアップ企業で再始動するまで、1年のブランクがありますが?
増田さん : 頭を切り替えるための充電期間に充てていました。
というのも会社員時代は、なかなかじっくり考える時間を取れなかったんです。こなさなければならないタスクも多いし、自己研鑽の時間もつくりたい。突発的な案件がとんでくることもあるので、常に忙しく、気が休まらない状態が続きがちでした。
思いついたアイデアとじっくり向き合ったり、深掘りしたりすることができないという、心の余裕がない状態からいったん、自分を解放したいと思ったんです。自分の中をクリアな状態にしてから新しい環境に行きたかったので、とりあえず期限を決めずに休むことにしました。
自分の中に空白をつくらないと、新しいものを受け取れない、という感覚は切実なものでした。新たな挑戦を始める前に捨てるものを捨てないと、チャンスを拾えないという気がしていたんです。
充電期間中は世界一周の旅に出て、行く先々で出会ったことや、思いついたこととじっくり向き合う時間をつくりました。これは、新しい道に進む上で自分に必要なことだったと思っています。そして1年ほどたったときに、もう一度走り出したくなってきたので、仕事を探し始めました。
#01
VPoEとしての成長につながるのは
どんな企業だったのか
スタートアップ企業とひとことで言ってもさまざまな企業があります。
増田さんはどんな環境で働きたいと思っていたのですか?
増田さん : 「スタートアップを成長軌道に乗せる」というところを、凝縮された期間で経験したいと考えていました。長年、大企業で働いてきた自分にとってはかなり厳しい環境になるだろうと思いましたが、そこに身を投じないと、成長できないと思ったのです。
内田さんから見た、増田さんの印象はいかがでしたか?
内田 : 日本を代表するグローバル企業でキャリアを積み、実績もある方だったので、増田さんの成長につながるスタートアップ企業をみつけられるかどうか——という意味で、とてもプレッシャーがありましたね。
そこでまずは増田さんに、これまで事業のどのフェーズの課題を解決してきたのかをお聞きしました。スタートアップはフェーズによって直面する課題が異なるので、そこでズレが生じないようにしようと思ったのです。
何も立ち上がっていない状態を0、事業・組織が成熟した状態を10とした場合に、増田さんは5から10のところは前職でやってきたのではないかと思っていて、だとすると、今回は事業・組織を1から5に持っていくところの役割がちょうどいいのではないかと考えたんです。
あとは年齢についても慎重に考えました。増田さんがCTOutを利用し始めたのが45歳だったので、夢のある話だけでなく、「残りの人生であと何回、大きなチャレンジができるのか」といったシビアな話もしましたね。
増田さんは、将来、独立して起業することも考えているので、そのためには50歳までにスタートアップ企業での実績を確かなものにすることがとても重要になります。そこに向けて、「この先の5年間、どんなフェーズのスタートアップで何をなしとげるのか」を一緒に考えました。
増田さんには、どんなスタートアップ企業を紹介したのでしょうか?
内田 : 実は、増田さんのように、大企業で長年の実績がある人にフィットするスタートアップを探すのは、正直なところかなり難しいんです。
例えばベンチャーの初期フェーズは、いろいろ経験できるかもしれないけれど、それほど多くの報酬を出せないことが多い。後期のフェーズになればなるほど、報酬は上がるものの、今度は当事者としてやれることが減ってしまいます。
また、後期のステージでは、既にエンジニアがたくさんいるケースが多いので、そこに後から「VPoEです」「CTOです」と入っていくのは、かなりハードルが高い。仮にうまくなじめたとしても、既にでき上がったエンジニア組織に乗っかるような形になりかねないんです。自分でエンジニア組織をつくっていくことができなかったら、「それが大企業を辞めてまで増田さんがやりたかったことなのか?」ということになってしまいます。
そういったことを考えた上で増田さんに提案したのが、グローバルで勝負しているデータベース企業、AIを使った産業変革に取り組む企業、食のイノベーションを目指す企業など、エンジニア組織のリーダーとしての成長と一定の報酬が見込めるスタートアップでした。
増田さんが、これから働くスタートアップ企業としてノンピを選んだ決め手は?
増田さん : ノンピのCTO、中筋丈人さんにお会いして話をお聞きしたときに、スタートアップの厳しさがひしひしと伝わってきて、「ここに成長するチャンスがあるのではないか」と思ったんです。今にして思えば中筋さんの、曖昧さを嫌い、筋を通そうとする姿勢やスピード感が、米国で目の当たりにしたスタートアップ企業の姿と重なったのかもしれません。
内田 : 確かに中筋さんは、CTOとしての哲学もしっかりしているし、いわゆる日本企業にありがちな無駄が一切ない人なので、増田さんが求めていたスタートアップの姿に近かったのだと思います。
#02
大企業とスタートアップの”感覚の違い“を実感
大企業とは真逆のスタートアップ企業で働いてみた感想は?
増田さん : とにかくCTOを務める中筋さんのインパクトが大きかったですね。何をするにも本質を重視し、本質からそれた言動には容赦がありません。メンバーの誰かが本質的じゃないことをしようとすると、どんなに細かいことでもすぐに見抜いてビシッと指摘する。言行一致で矛盾がなく、すべてに一貫性があるのには驚きました。
エンジニアは皆、そんなCTOにビシビシと鍛えられているのですが、そこについていっている人はやはり、エンジニアとしてのスキルが上がっているんです。言うべきことは、情を入れずに言い続けることができる人で、私とは真逆のタイプです。
そして妥協がない。少しでも妥協すると、いろいろなところムダが出てしまうという考え方ですね。加えて、判断がとても早いんです。
どんなところで大企業との違いを感じましたか?
増田さん : スタートアップで働き始めて改めて実感したのは、大企業で働いていた時には、どうしても妥協せざるをえないことがあった、ということです。
例えば、ノンピで人事制度やエンジニアの教育、採用などを設計する時、CTOの中筋さんは、関連する書籍を片っ端から読みまくって勉強するんです。学べるところからは全て学んで、それを生かそうとするわけです。
一方、これがもし前職の大企業だと、同じようなことがあった場合に、新たな手法や先端の考え方を取り入れようという方向になりづらく、暖簾に腕押しみたいになってしまうところもあるんです。すでにある制度や社内政治のほうが大事、というようなこともあって、今、振り返ってみると、最初から諦めたり妥協したりしていたことが多かったように思います。
このような、「大企業時代のクセ」みたいなところがなかなか抜けないので、それをなくすためにも「一から出直す」くらいの気持ちで今は仕事をしています。
スタートアップはとにかく一筋縄でいかないことが多いので、常に本質を突き詰め、真剣勝負をしなければならない。その上で思考停止にならないようにしつつ、スピーディーな判断が求められるところが、大企業との違いだと思いますね。
#03
“このままではVPoEを任せられない”と言われて
増田さんがノンピのVPoEになるまで、内田さんがCTOutサービスの一環として伴走していたわけですが、ある時期に中筋さんから「このままでは増田さんにVPoEの仕事を任せられない」と言われたそうですが……。
内田 : スタートは順調だったのですが、次第に雲行きが怪しくなってきて……。
基本的には3カ月に1回、私が中筋さん、増田さんと個別に面談を行い、状況を理解した上でそれぞれにフィードバックをしていたんです。面談では現状の課題や評価、次の3カ月で何をするか、といった目標のすり合わせなどをしていました。
最初の3カ月は、「やっぱり仕事ができるし、基本的な能力が高いよね」と、とても順調だったのですが、次の3カ月くらいから少しずつ「意思決定のスピードが遅い」とか「メンバーの話を聴きすぎて、ミーティングの時間がとても長くなっている」という話が中筋さんから出てくるようになったんです。
メンバーの話をよく聴くのは決して悪いことではないのですが、中筋さんとしては「ちょっと協調性のほうに寄りすぎている」と感じたようです。そこに時間をかけすぎずに、ある程度は自分で決めてリードする方向で動いてほしいと思ったのでしょう。「VPoEは、CTOである私と並ぶ立ち位置であり、執行する側の人間。その意味ではまだ期待値には遠い」ということでした。
そして9カ月目が大きな転機になりました。中筋さんから「ノンピと出会ってから“大化けした”というところまで来ていない。チームリーダー、エンジニアリングマネジャーとしてはとても優秀で、その域には達しているけれど、今までの延長線上の成長しか見られないのなら、正直なところVPoEを任せられない」という話が出たんです。
それを増田さんにフィードバックして、打開策を考えました。中筋さんが問題視していたのは、「リスクを一身に背負ってビジネスを開拓していく覚悟とリーダーシップが足りない」ということで、じつは増田さんもそれを自覚していたんです。大企業では、なかなかここまでの責任を負う機会がなかったこともあって、自ら責任を持って声を上げて「俺に任せろ」と言い切ることができなかったんです。
増田さんも、「頭ではわかっているけど抜け出せない、変わりたいのに変われない、行動を起こせない」——という思いと必死で戦っていたので、私もできるかぎり、中筋さんの思いがストレートに伝わるようなフィードバックを心がけました。
「執行レイヤーの人間に求められるのは、コードが書けるとかメンバーの話を聞けるとか、そういうことではない。大事なのは、この人についていけば、何か大きな変化を起こせる、と言う背中を見せられるかどうか。極論、メンバーに“中筋さんはいなくていいです、増田さんとやりますから”と言わせるぐらいの存在にならないと」と、熱く話した記憶があります。加えて「なぜ、誰もが羨む大企業を辞めてまでスタートアップで勝負しているのか」「大会社を辞めて何を成し遂げたかったのか」という原点の話もしました。
増田さんとお会いした初期の頃、ヒアリング面談の中で「もっと社会の役に立ちたい。日本や世界をよりよくするために役に立つことがしたい」とおっしゃっていたのを、とてもよく覚えているんです。何とかして、スタートアップ企業でその役割を果たせるようになってほしいと、私も必死でした。
この渦中にいる時、増田さんはどんな心境だったのですか?
増田さん : 長年しみついたマインドを変えるのは本当に大変でした。仕事をする上では、CTOの中筋さんがムチ、私がアメみたいな役割を担うことでバランスが取れている面もあったので、ちょっと気が緩むとフォロワーのような振る舞いになってしまうんです。
これも、大企業にいた時のクセが抜けきっていないからだ、と自覚していたので、とにかく自分を追い込んで変わろうと、もがいていました。
厳しい状況の中で、何が増田さんを変えたのですか?
増田さん : 1つは、内田さんが他のスタートアップ企業のVPoEと話す機会を作ってくれたことでした。当時は、自分の中で明確なVPoE像を描けていなかったので、これはとてもありがたかったですね。
内田 : エンジニアのことはエンジニアにしかわからない、ということもあるので、スタートアップ企業で成功をおさめたVPoEに、増田さんのメンターになってもらったんです。1カ月に1度、話す機会をつくって、次回の面談までにどんなことをやるのかを増田さんに宣言してもらって、次の面談の時にどこまで実行できたのかを話すような取り組みをしました。
増田さん : メンターになってくださったVPoEの方に、「執行役員は未来をつくる仕事。設定された目標をいかに達成するかではなく、その逆側に立たなければならない」——と教えられて、それがマインドを変えていく助けになりました。今は、「未来をつくること」を意識し、そこを積極的にやっていこうと取り組んでいます。
もう一つは、ノンピに参画して11カ月目くらいのタイミングで中筋さんから、「俺は手をひくから、あとは任せる」という形で、かなりの権限を移譲されたんです。これまでとは違い、全ての責任を自分が負うという状況になって、やはり意識が大きく変わりました。
VPoEを目指した時に、今回の内田さんのような伴走者がいるのといないのとではどう違うと思いますか?
増田さん : 私自身が「仕事をしていく上で、ありたかった姿に立ち返る」ための手助けをしてもらったのは、とてもありがたかったですね。やはり20年間も働いた大企業からスタートアップ企業に移って働くというのは、予想以上に難しいことが多く、とにかく自分の中にしみついた「大企業のクセ」をなくしていかなければならなかったんです。
スタートアップモードにシフトしていく中では、何度も心が折れそうになりましたが、そのたびに内田さんが客観的な視点で話を聞いて、アドバイスをしてくれました。それで落ち込みそうな気持ちが引き上げられたことが何度もありましたね。中筋さんとの間に生じた小さな考え方のズレが大きくなる前に、修復しながら前に進めたのは本当に良かったと思っています。
内田さんは、増田さんとCTOの間に立って、どのようにそれぞれの思いを伝えていたのですか?
内田 : 当事者ではないからこそ、わかることや見えることがあると思うんですね。そこをいかにうまく伝えていくかを意識していました。
実際にやっていたのは、増田さんの話を聞いて中筋さんに伝えることと、中筋さんの話を聞いて増田さんに伝えることだったのですが、やはり両者の間には、早めに修正したほうがいい期待値のズレや、厳しい指摘の後のフォロー不足などがあったんです。そういった小さな感情のすれ違いを、フラットな視点のもとで修正していけたのは、良かったと思っています。
中筋さんは、CTOとしてとても厳しい人ですが、増田さんの人となりはとても高く評価していたんです。「経験も実績も豊富で、もっと天狗になってもいいような人なのに、素直で真摯に人と向き合うことができて、メンバーの話も根気よく聞いて信頼されている。とても尊敬している」と。ただ、執行レイヤーに上がっていくには、足りないところがあったので、その点については私にもいろいろと丁寧に話してくれました。そういった厳しい指摘を、いかに正しく増田さんに伝えるかは、とても意識していました。
#04
諦めない先にしか自分の道はない
大企業を辞め、念願のスタートアップ企業のVPoEになった今の気持ちは?
増田さん : 大企業を辞めたことは、全然後悔していないですね。一方、VPoEとしては、まだ全然、満足できるレベルに達していないので、油断して大企業時代のよくないクセが出ないようにしなければならないと思っています。
大企業からスタートアップ企業への挑戦を考えている人にアドバイスをいただけますか。
増田さん : とにかく諦めないことですね。大企業で長年働いていると、しらずしらずのうちに、夢ややりたいことにフタをしてしまいがちです。キャリア然り、つくりたいもの然り、アイデアの具現化然り……。でも、諦めたらそこで終わってしまいます。そうならないように、自分で自分の可能性を開拓していかないと、自分の道はできない。
今、まさに、「諦めて磨いてこなかった自分」と向き合っているわけで、厳しいスタートアップの世界で勝負していると、正直なところへこむことばかりです。でも、自分で選んで飛び込んだ新しい場所での挑戦は、「なりたかった自分になるために生きている」という実感にあふれているんです。諦めない先にしか自分の道はない、と思いますね。
【撮影:永山昌克 取材、執筆:後藤祥子】